おすすめ接待の店 くまもとの一流和食を味わう

料亭について

●熊本における料亭の歴史

料亭の敷居をまたぐのは初めてなので、まずは予備知識を頭に入れたいと思います。「日本料理 おく村」の女将・奥村さんに料亭についてお話ししてもらいました。

奥村さん:「熊本の料亭は、明治時代に熊本城の西堀を埋め立てた古城堀端という地域に集中しています。堀を埋め立てた土地なので水分が多く、植物がよく育つ緑豊かな場所です。この界隈は、加藤神社や護国神社への通り道になっていて、参拝客のためにお茶や軽食を出す、現代で言うところの喫茶店が軒を連ねていました。これらの建物や料理が豪華になったのが、現在の料亭です」

このほかにも、加藤清正の菩提所である本妙寺への参道や、船遊びが盛んだった水前寺公園周辺にも料亭が見られます。

●料亭の役割

奥村さん:「熊本は昔から農業を営む人や役人が中心の町で、料亭は主に接待に利用されていました。しかし現在は、役所の支局が次々と福岡へ移ってしまい、また「接待」にも風当たりが強くなったので、接待の場は減ってきました。その代わり、披露宴、結納、法事、婚礼など家族の行事に使われることが多くなってきました」

日本伝統の婚礼式やしきたりなどを継承していくのも料亭の役割、と女将さんは言います。

●女将の仕事

料亭の顔ともいえる女将の仕事について、エピソードを交えながらお話ししてもらいました。幼少の頃から茶道・華道を習い日本文化に親しんでいたという奥村さん。女将の修業を始められたのは18歳の頃から。先代の見習いをしながら修業を重ねてきたそうです。

奥村さん:「当時、従業員や芸妓さんは数十名もいて、たいへん賑やかでしたよ。女将の仕事は、お座敷と調理場の橋渡しをしつつ楽しい宴会を演出することです。お客さまに気兼ねなくくつろいでいただくためには、細心の気配りと、場の雰囲気を読むことが大切です。例えば、同業者のライバルが同時にお見えになる時は、鉢合わせしないように部屋の配置を変更したり、締めの時間を微妙にずらしたり。お手洗いに立たれる時も仲居さんたちと協力してうまく取り繕います。また、誰が来ているかはお話しいたしません。どなたがいつ誰と来られたかなど、個人的なことは一切秘密です。ビールやタクシーにしても、系列会社を把握しておかなければなりません」

いろんな要素を含めての気配りに、ただ驚くばかりです。

奥村さん:「また、会合の内容によってサービスを決めるので、幹事の方は前もってお知らせしていただくとこちらも助かります。お祝いなら鯛の尾頭付き、お酒を出すなど、準備が整いやすいからです。まあ、宴会が始まれば、その空気やお客さまの表情から判断して、だいたいどんな会合かは分かりますが・・・」

また、こういうエピソードもあったそうです。

奥村さん:「あるお客さまが、申し込まれる時に「ちょっとした祝い事」とおっしゃったので、赤い杯や赤飯を用意して、掛け軸や金屏風などもセッティングしていました。ところが、いざお客さまが見えられると、その会合は実は法事だったのです。大慌てで金屏風を裏返しにして、杯も下げ掛け軸も取り替えました。料理ももちろん変更です。しかしお客さまからは「赤飯なんて滅多に食べないから、出してくれ」と言われました。私たち店の者に気を使わせまいとしたお客さまの心遣いだったんでしょうね」

そういう時も、会話の内容や表情、服装など複合的な要素で会合の内容を瞬時に判断し、慌ただしさを悟られずに臨機応変にふるまう、これぞ女将さんの力量ですね。また、そんな忙しい女将さんの手助けをする仲居さんの存在もあります。

さらに、希望とあらば芸妓さんを呼んで唄や三味線、踊りを披露してくれます。現在熊本には芸妓さんは4名。券(検)番という、いわゆる派遣会社に属しているそうです。

奥村さん:「ただし、何でもさっさと動くと、客人を招待した亭主に恥をかかせてしまうので、ワンテンポ遅れて動くくらいがちょうどいい、と私は思います」

奥村さんは物腰柔らかく丁寧な言葉で、素人の私にもわかりやすくお話しして下さいました。取材中もスタッフの表情や雰囲気を察して動いていただけたので、とてもスムーズに進められました。

日本料理 おく村
熊本市新町1-1-8 TEL(096)352-8101
営業時間:12:00〜15:00、17:00〜22:00。不定休。
幸盛膳(昼食)3,000円〜、百花席(お手軽懐石)5,000円〜、会席料理7,000円〜。(予算・献立はご相談致します)
より詳しい情報は、こちらのホームページ

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