ひと味違った花見で思い出つくろう!水上村の桜と温泉、体験、グルメ三昧

●古代
イザナギやアマテラス大神などの八百万の神々が文献に現れる西暦8世紀以前に、最も古代日本人たちに尊敬されていたと考えられる山の神『サ神』に対する信仰から発生したと考えられています。人気のない山頂に近い神域に住んでいる「サ神」に、古代日本人は、祈願するたびにお供え物をしました。その中で最も欠かせないものが「サケ」(酒)です。そしてサカナ(魚)やサケ菜(山のもの、野のもの)などの「サカナ(肴)」も、サ神様にお供えしていました。ただし、これらのお供物は、神は気持ちだけ受け取って、実際には飲食しないで結局人々に下げてしまいます。

つまり花見は、「サ神様の依るサクラ(サ座・桜)の木の下でサ神様にサケ(酒)やサカナ(サケ菜・肴・魚)をササゲテ(捧げて)オサガリをいただく」という行為から生まれたと考えられています。

<参考資料>
「弥生叢書11」(定価980円、昭和56年4月16日・第1刷発行)
『酒と桜の民族』 著者:西岡秀雄

●奈良・平安時代
野山の桜を都に移し、その元でとりおこなわれる宴は、上流文化のステイタスとして徐々に日本各地に広まっていった。そして、おそらくこの頃から、より美しい桜を求めて研究・交配がおこなわれ、新たな、日本固有の品種が誕生しはじめたと考えられる。

●戦国・江戸時代
有名なものに、太閤秀吉の豪華絢爛な「醍醐の花見」がありました。江戸時代に入ると、お花見は一般庶民の間にも広まり、定着していきます。娯楽の少なかった時代ですから、花見は庶民の最大のレクリエーションの場となり、賑わいました。桜の品種改良がもっとも盛んにおこなわれたのもこの時期。江戸時代後期に桜井雪鮮によって描かれた「花譜」には、すでに234種の桜が記録されています。日本の桜の品種の多さは、日本人の桜に対する関心の高さの顕れともいえるでしょう。

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