
国道3号線からJR水俣駅の裏の道に入り、青々とした水田がひろがる坂道を登っていると、肥後と薩摩を結ぶ参勤交代の道・薩摩街道に出ます。田んぼの角には昔ながらの看板が立っていて、薩摩方面と江戸方面を指し示す矢印が書いてあります。
ここ一帯は「侍」という珍しい名を持つ集落で、豊臣秀吉の薩摩攻めの際に肥前藩の陣が敷かれた薩摩街道の要所でした。その際に秀吉が指揮を執った「お上がり石」というのも残っています。その集落の林の中に、江戸時代風の建物がひっそりとたたずんでいました。これが「侍街道はぜのき館」です。
櫨(はぜ)の木とは、九州や四国の山地に自生するウルシ科の落葉高木で、11から12月の間に実がなり、その実から白ロウが取れます。英語では「ロウの木」と言われる木です。あまり知られていませんが、水俣市はこの櫨の木の生産量が全国の約30〜40%と日本一で、現在1万5千本が植えられています。特にこの侍集落は水俣でも最も多く櫨が残っている場所です。建物の裏にも櫨の木の林を見ることができます。
さてこの「はぜのき館」では、水俣の櫨からできたロウソクに好きなように模様をつけて、自分だけのオリジナルロウソクを作ることができます。ロウソク作りなんてめったに体験できません。わくわくしながら足を踏み入れてみます。
ロウソク作りの前にまず予備知識を得ようと、水俣市はぜ振興会会長の緒方さんにインタビュー。私の素朴な疑問に、たいへんわかりやすく答えてくれました。
〜どうして水俣は櫨の木がたくさん植えられているんですか?〜
緒方さん:「水俣は温暖湿潤で、水はけがよい土壌を持っているので根腐れせず、櫨の木栽培に適しています。それに、江戸時代からハゼロウは肥後藩の専売品だったので、この辺一帯は細川氏の直轄地として櫨の木の栽培がさかんだったんですよ。櫨の木栽培は全国にいくつかありましたけど、時代が進むにつれ需要の減少から廃れていきました。水俣だけ残ったのは、ここが細川氏の直轄地だったので、むやみに櫨の木が切れなかったからなんです。245年の歴史があるんですよ」
お殿様の直轄地かぁ・・・。水俣って歴史が深いんですね。それにしてもハゼロウが肥後藩の専売品だったなんて、知らなかった〜。意外なところで日本一を発見してしまいました。緒方さんは小さな茶色の櫨の実も見せてくれました。これからロウソクができるなんて、とても想像がつきません。
〜ハゼロウは、現在の電灯みたいに生活必需品だったんですか?〜
緒方さん:「いえいえ、とんでもない。ハゼロウは、殿様や武家・商家など身分の高い人や裕福な人しか手に入らなかった高級品ですよ。我々のような一般人はなたね油に芯を落とし、それに火を付けて灯りにしていたんです。現在でも京都・奈良の高級仏壇に使われているくらい価値があります」
当時のハゼロウは、さしずめ現代で言うとシャンデリアみたいなものかな。今となってはロウソクを使うといったら、誕生日のケーキに立てる時や、停電や災害時の緊急灯として使う時、お仏壇に立てるときくらい。時代の変化は早いなぁ。そのうち電灯も廃れていくんでしょうか?
〜高級品として重宝されているハゼロウの特徴は?〜
緒方さん:「櫨から取れる和ロウソクはパラフィン(石油)ロウソクと違い、煙が少なく、完全燃焼してもすすが出ないという長所があります。ですから高級仏壇に飾っても、すすでお寺の天井などがくすまず、はたきで簡単に落とせます。ハゼロウに使われている芯は、和紙を細くねじり、その周りにい草と真綿を巻き付けたもので、和紙からしか煙が出ないので、煙の量が少ないという利点があります」
では実際、どうやったら櫨の実からロウができあがるのでしょうか?緒方さんにもらった説明書によると、次のような方法でした。
櫨の実を粉砕して蒸し、圧力機にかけ抽出すると、うぐいす色の生ロウができます。(昔は圧力機の代わりに、三枚の木の板の間に櫨の実を蒸したものを挟んで、上から押しつけながら、同時に両側から打ちつけて圧力をかけていました。)入口には、この時使われていた箱形「ろうしぼり機」が置いてあります。
そしてできたロウを60度で溶かし、アルカリ性の水に入れ攪拌すると、花ロウという白いブツブツの塊ができます。それを1〜2週間天日にさらすとできあがりです。
さて、実際に体験できるのは、生ロウの段階からです。
1うぐいす色の生ロウの塊をコンロにかけて溶かす。着色用のクレパスも入れておく。
2溶けたら火を止め、周囲が固まりだしたら、用意した型に流し込む。(温度は60度くらい)
3ロウの中心に芯を入れる。
4芯の周囲が固まってきたら、水の中に入れて冷やす。
5固まったら、水の中から取り出してできあがり。
4から5の間は時間がかかるので、同時進行で、あらかじめ作ってあるロウソク(120円〜)の中から好きなものを選んで、それに模様を付けることができます。今回私が体験したのは、この模様つけのみです。
体験教室では、既に数人のお客さんがロウソクの模様を付けていました。外国のロウソクが真っ赤や真っ白の原色が多いのに比べ、こちらにある和ロウソクはすべて淡いパステルカラーで、やさしい色遣いです。
さて、どうやってこのロウソクに模様を付けるかというと、一枚20円のマイクロシートをちぎって丸めて、指で形を整えて貼り付けるのです。
マイクロシートは色とりどりで、触ってみると色によって柔らかさが違います。店員さん曰く、赤が一番柔らかいそうです。色と柔らかさってなにか関係あるのかな?
淡いブルーのロウソクを手に、無謀にも図案なしで模様を付けはじめる。どんな模様を付けようかな〜と思い悩んだあげく、夏らしくヒマワリを作ってみることに。和ロウソクはにおいがなく、手触りさらさらです。葉っぱ用に緑色の、花びら用に黄色のマイクロシートをちぎって先を細く整え、オレンジ色を丸めて花を作る・・・たったこれだけでも悪戦苦闘。
手先が不器用で、自慢じゃないけど図工は赤点でした、と言い訳しておきましょう。丸めたりちぎったり何度もやり直し、30分ほどかかってやっと完成しました。
何だか不気味な花です・・・ヒマワリってどんなんだったっけ?と首を傾げてしまいます。記念に、花の裏側にピンク色で「水俣」の文字を入れます。マイクロコートを細く練って曲げて、文字を形取ります。ヒマワリよりこっちの方が簡単でした。
「できました」と小声で店員さんにロウソクを渡すと、店員さんはロウソクの芯をペンチで挟んで、鍋にかけて透明色に溶けたロウの中にさっと通して、コーティングしてくれました。つや出しにもなります。
そして水に入れて冷やし、できあがり。持ち帰り用にかわいい袋に入れてくれました。袋で作品をある程度カバーしてくれて感謝。自分で作っただけに思い入れもあるので、お土産にいいかもしれませんね。
体験教室や展示室には、お客さんや店員さんの作品が飾ってあります。
色の組み合わせ、ロウソクのいろいろな形、繊細な模様、すべてが可愛らしくて、時間を忘れてしまうほど見入ってしまいます。
〜お客さんはどういう方が多いんですか?〜
店員さん:「観光客では、女性の方が多いですね。社会学習として学校の生徒たちも体験しますよ。子供はなかなか奇抜な発想をするので、模様もおもしろいんです」
〜模様で一番人気なのは?〜
店員さん:「やっぱり花でしょうね。季節ごとに変わっていきます。記念に自分の名前や、日付、地名などを飾られる方も多いですね」
〜ユニークだった作品は?〜
店員さん:「受験生へプレゼントするために、”努力”と文字を入れた方もいました。傑作品なら、鹿児島の芸術家の方で、ロウソク台を山に見立てて、噴火する桜島の様子を表現されたのが印象的です」
ヒマワリ程度で四苦八苦した人間には、ただ頭が下がるばかりです。
展示室には、ハゼを原料とした数多くの製品を展示してあります。木ロウは、滑りが良くつやを出すため、ファンデーションやアイシャドウなどの高級化粧品をはじめ、鉛筆、クレヨンなどの文房具、ポマードや靴墨などエチケット製品、ワックスやサランラップなどの生活用品、OA機器、医薬品、お相撲さんのびん付け油など、多岐に渡って使用されています。
ほとんどが私たちの生活に密着している製品で、意外なロウの活躍ぶりに驚きました。
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